2012年02月28日

MW-ムウ-

鑑賞映画館:DVD
鑑賞日時:1月30日
評価:C+

原題:MW-ムウ-
製作:2009年 日本
監督:岩本仁志
出演:
玉木宏
山田孝之
山本裕典
林泰文
品川徹
鶴見辰吾
石田ゆり子
石橋凌

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※ネタバレを含む場合があります。

この映画は手塚治虫の同名漫画の映画化で、米軍の化学兵器事故隠蔽のために亡きものにされかけた少年が、長じて復讐の鬼となるといったような話です。

正直、これは一体何なんだといった感想を持ってしまう映画です。
展開がひどくデタラメで漫画的なのは元々が漫画原作であることを思えばいいとして、この映画は一体何が言いたくて、あるいは何を表現したくて作ったのかがわからない程度のできなのです。

全体としては暗く凄惨で狂気に満ちた犯罪を繰り返しているにすぎず、そこに何らかの達成感や爽快感があるというわけではありません。
政治や外交といった話も、単純に話を大きくするために出してきましたという程度のものしか感じられず、物語の魅力を引き立てるという域には到底達していません。
各キャラもはっきり言って全く立っておらず、ピカレスクロマンによくある体制に与しない魅力的なアウトローの大活躍というわけでもなければ、犯罪者と官憲の危機迫る知恵比べが描かれているというわけでもありません。
様々なトリックをかいくぐってお宝を狙うようなスリルに満ちた話でもないですし、犯罪に至る心の闇を深く抉るというようなものでもありません。もちろん、法で裁けない悪党を不法な措置でやっつけるダークヒーローなどといったものでもありません。
それでは他の全てに目を瞑っても問題ないと言えるくらいに目を見張るアクションシーンがあるかというと、それなりに頑張ったシーンはありはするもののアクション映画として売れるような水準に達しているようなものではありませんし、サスペンス映画として謎が解かれていく過程を楽しめるかというと、確かに昔の新聞記者が残した手がかりといった面白い要素もあり、悪くはないものにはなっているのですが、逆に言えばその程度のできでしかありません。
つまり、一体どこが見所なのかもよくわからない映画になってしまっているのです。

元々の原作は同性愛による強い繋がりを持ちながら神父と猟奇犯罪者という対称的な道を歩むことになってしまった2人を描きながら、人間とは何かを描いているものでした。
もう一人の主人公と言える賀来が狂った犯罪者である結城を捨てられないのも肉体関係を持っていることを思えば当然ですし、神父でありながら同性愛者であるという許されざる要素を抱えていることも作品のテーマに寄与するものでした。
しかし、この映画では同性愛のような扱うのが難しい要素を極限まで排除した結果、2人の関係を強いものとして描くことができず、神父のキャラ立てがうまくいかなかったことが大きな失敗点だったと思えます。
このため、本来の作品の軸である両者の対称構造が大きく崩れ、完全に壊れた犯罪者の無茶苦茶な犯罪行為に対して、たまに小言を言うくらいしかできないが見捨てることもできない気弱な幼馴染といった感じになってしまっているのです。
それでもこの犯罪者が例えばルパン三世のように人間的な魅力に溢れていたり、あるいはバットマンのジョーカーくらいに突き抜けた個性や魅力を兼ね備えた狂気を持っていればまだ良かったのでしょうが、そこまでの思いきりがあるわけでもなく、変に小さくまとまってしまっていて、単に「MW」への私怨から社会を逆恨みしているおかしな人にしか見えなくなってしまっています。
これでは悪の魅力など望むべくもない中途半端なものでしかありません。

どうせ原作の大きな特徴である同性愛による結びつきをオミットしてしまうのならば、島から生き残ったもう1人を神父ではなく前半から出続けていた刑事ということにしたうえで、過去の事件をきっかけに心と体に傷を負った2人が、そのことをきっかけに片や社会への復讐を果たそうとする猟奇犯罪者への道を歩み、もう一方はそれを追う刑事になったというストーリーにしてしまえば、二人の腐れ縁にも説得力が生れ、それなりに面白いものができたのではと思えます。
あるいは本当に開き直って、狂気にとらわれた犯罪者である結城と、彼を何とかするために昼は神父、夜はダークヒーローとして戦う賀来という二人を描くアメコミ的なものにすれば、原作ファンは激怒するかもしれませんが、これはこれでかなり面白いものになりえたと思います。

まとめて言えば、映画化する際の事情で原作の良さが無くなったにも関わらず、代わりになる魅力を作り上げることができなかった失敗作であると、私はこの映画を評します。





posted by lasta at 21:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 英数・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月27日

マイウェイ 12,000キロの真実

鑑賞映画館:TOHOシネマズ伊丹
スクリーン5
鑑賞日時:1月14日
評価:B

原題:마이웨이
製作:2011年 韓国
監督:カン・ジェギュ
出演:
オダギリジョー
チャン・ドンゴン
ファン・ビンビン
チャン・ドンゴン
キム・イングォン
夏八木勲
鶴見辰吾
山本太郎
佐野史郎

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※ネタバレを含む場合があります。

この映画は、日本統治下の朝鮮で出会い、立場の違いから不幸な別れ方と再開をはたした二人が、ソ連、そしてドイツへと渡っていく数奇な運命の中で友情を育んでいく姿を描いたものです。
史実をもとにした映画ということになってはいますが、その史実というのも当時の写真に東洋人が写っていたという程度の怪しげなもので、ほぼ完全にフィクションの作品です。

正直言って粗は多い映画です。
まだ若い兄ちゃんがいきなり大佐になってしまうことを始めとして不正確な描写はいくらでもありますし、韓国映画ということもあって日本軍の酷さを必要以上に描いている感は否めません。
また、パルチザンの中国人女性が途中でやたらと目立つ位置に登場するのですが、一場面だけのちょい役としてはあまりにも引っ張りすぎですし、では何か重要な役回りかと言えばそうでもなく、ただストーリーの流れを途切れさせているだけのように思えてしまいます。
戦闘描写にしても、各地の戦場をそれこそ世界的に転戦していく話ですので大きく扱われているのは当然なのですが、本質的に友情を描いた爽やかな話にしては必要以上に残酷な描写が多く陰惨な印象を残してしまうのが残念です。確かに惨い状況の中で育まれる友情というのがテーマではありますし全く描かないというわけにはいかないのもわかるのですが、もう少しオブラートに包んだ方がいいのではと思えるところは多く感じました
ストーリー的には基本的には、色々あったけど最後には真の友人になれたというそれだけのもので色々言う事は無いのですが、ノルマンディで連合軍に捕縛された後はあまりにも取って付けたような印象があり、こんなラストは全く無くして捕縛されたあたりでストーリーを切ってしまうか、あるいは入れるなら入れるでもっときっちり描写して感動的に描くなりしてほしかったように思えます。

色々と書いていますが、決して見どころが無い映画ではありません。
戦闘シーンの迫力は他の戦争映画と比較しても決して引けを取るものではありませんし、爽快感すらあります。
描かれている人間関係も、この手の映画にありがちな○○人=善、○○人=悪というような自民族中心的な視点で単純に描かれているのではなく、その人が属する民族よりもその人が置かれた立場によって卑少に、そして残酷になっていくというところを描いていることは特筆に値します。
そして何より、激動のユーラシア大陸を舞台にし、そこで培われていく友情を描く壮大さ、これだけでも非常に素晴らしいと言えるのです。

正直、もう少し綺麗にまとめられる製作陣だったらこの題材で遥かに面白いものができたのでは、そう思えて仕方ありません。


なお、この映画に関しては小林源文著の劇画「ハッピータイガー」との類似点が指摘され、一部では盗作という話も出ています。
こちらの漫画は第2SS装甲師団「ダスライヒ」所属のティーガーに「福」という字が逆向きに描かれた写真が残されているというところから発想されたフィクションで、大まかな内容はノモンハンに参戦した日本軍士官が負傷して現地に取り残され、現地民として保護されているところをソ連に徴用されて独ソ戦に投入され、その後ドイツに降りティーガーを駆って暴れまわるというストーリーです。
確かに、日本軍士官がノモンハン事件をきっかけに日本軍を離れ、ソ連のデタラメな徴兵によって独ソ戦に投入され、最終的にはドイツ軍の一員として戦うという大きな流れは共通してはいます。
が、逆に言えばその程度の共通点しかありません。

ここで注意すべき点は、どちらもヨーロッパの戦場に東洋人がいたらしいという「史実」を下敷きにして発想されたフィクションだということです。
この「史実」を元にして、小林氏の劇画では武装SSで戦車に乗って戦う日本人戦車乗りを想定して作品を構築し、この映画はノルマンディで捕虜になった日本人の秘話を想定した、それだけのことでしょう。
東洋人がドイツにいたというだけで驚くべき話ですので、フィクションとして再構築するにあたって、ユーラシア大陸の反対側から同盟国たる日本人が数奇な運命の下で連れてこられたという形で膨らませるのは比較的思いつきやすい発想ですし、日本軍の軍人を正規のルートではなく潜りでドイツに渡らせるには、一旦ソ連の支配下に降った上で悪名高いデタラメな徴兵によって独ソ戦に投入され、そこでドイツ軍に合流という流れも自然なものでしょう。
とすると、日本軍を離れるきっかけになるのがノモンハン事件になるのは時期や場所を考えれば必然というものです。
そして、それぞれの戦場で行われている具体的な内容は両者は全く異なるものです。
つまり、指摘されている程度の一致する点が両者で発生していても、それは別々に発想されたものと考えても特に不思議なことではないと言えます。

もちろん、元々史実とは言い難い話ではあり、この映画を製作するにあたって小林氏の劇画を何らかの形で参考にしている可能性はあります。
ですが仮にそうだとしても、背景となる舞台のアイデアはともかく使われている表現も、ストーリーの流れも、描かれているテーマも全く異なったものである以上、少なくとも著作権法で規定されているような著作権の侵害にはあたらないと私は考えます。




posted by lasta at 02:50 | Comment(0) | TrackBack(1) | ま行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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