2012年08月23日

ダークナイト ライジング




※ネタバレを含む場合があります。

この映画は。アメコミ・ヒーローの代名詞的存在とも言えるバットマンシリーズの最新作で、バットマン・ビギンズから始まる三部作の完結編となる作品です。

さすがに面白い作品です。
前作以降、街の平和を守るために祭り上げれた虚構であるハービー・デントとその虚構を維持するために悪の汚名を着せられたまま闇に消えたバットマン、そして半ば廃人と化し隠遁生活を送るブルース・ウェインという、一見バットマンというダークナイトを必要としない平和な街が実現したかに見えるゴッサム・シティを舞台に、徐々に勢力を伸ばしていき、ついにはそれまで街の平和を担保していた虚構を破壊し、力と恐怖で街を支配するに至るベインとの戦いが描かれます。

特にベインが成し遂げた革命は価値観の逆転とも言えるもので、それまで虐げられてきた「悪」の側が一転して社会正義と言っていい立場になるという状況において、正義とは何か自分は何をなすべきなのかを考える面白い状況を作り上げていました。

各シーンの見せ方も非常に見事なもので、プロローグのかなりとんでもない要人拉致シーンから始まって、アクションシーンの数々も、その合間の静かなシーンも、非常に印象的で演出も良く、比較的長い映画でありながらその長さを全く感じません。
かなり面白いです。

とはいえ、歴史的傑作と言っていいほどであった前作の完成度には及ばない感じです。
特に気になる点はベインの行動に不可解な点があることで、彼が本当にラーズ・アル・グールの後継者であり遺志を継いでいるのであれば、秩序を回復したゴッサムを破壊する理由など全く無いのです。
さらに言えば、現状のゴッサムの欺瞞を明らかにし、それを正すという目的であれば、革命を成し遂げた時点でそれはかなりのレベルで成功していて、次にやるべきはその運動をゴッサムだけではなく全国的な革命運動にでもしていくことのはずです。
しかし、ベインがやろうとしていたことは(言わばラーズがやろうとしていたゴッサムの粛清を形だけを真似したと言っていい)ゴッサムを破壊することそのものだったわけで、これでは一体何のために長い時間と手間をかけてゴッサムの実権を握っていったのかわからないというものです。
これは結局のところ、革命家という本来善でも悪でもない立場に立ったベインを何としてでも「悪」の側に置いておかねばならないという事情の結果ではあるのでしょうが、このためにベインの行動を本人が語っていた一種の理想とは裏腹の薄っぺらいものにしてしまった感があり、ひいては緻密な計画を立案し、その実行の場面では状況に応じて繊細にも大胆にも行動できる頭脳や大人数を統率できるカリスマ性を持ち、肉弾戦においてもバットマン相手に全く引けをとらないどころかむしろ優勢なくらいの強さを持つ彼の魅力を損なうものにしてしまい、単なるバットマンの引き立て役にしてしまったとすら言えるものなのです。
これでは残念なことに、全く話の通じない狂気そのものであったジョーカーや、法を運用する立場でありながら悪の側に堕してしまったツーフェイスことハービー・デントらを通じて、正義とは何か、法で対応できない悪とどう対峙すべきかということを問いかけた前作と比べれば見劣りしてしまうと言わざるを得ません。

もちろんそれでもかなり面白い作品だということは間違いなく言えます。
バットマン退場後の代替わりを示唆するような場面も多々見受けられ、そして最後には生死不明という形でバットマンが一旦退場したことで、ああこの人が二代目バットマンになるのかぁ…と思っていたら、実はその人が!というちょっと驚きのラストで、アメコミ映画の歴史に名を残すことは間違いのない3部作の幕切れにふさわしいいいものでした。





posted by lasta at 22:23 | Comment(0) | TrackBack(2) | た行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

BRAVE HEARTS 海猿

鑑賞映画館:MOVIXココエあまがさき
シアター11
鑑賞日時:7月26日
評価:A-

原題:BRAVE HEARTS 海猿
製作:2012年 日本
監督:羽住英一郎
出演:
伊藤英明
加藤あい
佐藤隆太
仲里依紗
平山浩行
伊原剛志
時任三郎

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※ネタバレを含む場合があります。

この映画は海上保安庁のレスキューチームを描いた海猿シリーズの最新作で、今作では海保の中でも最精鋭と呼ばれる特救隊を舞台に、エンジントラブルにより海上に不時着したジャンボジェットに対するレスキューを中心としたストーリーが描かれています。

はっきり言ってかなり面白いです。
前作では台風に直撃された日韓共同の採掘施設という魅力的な舞台設定でありながらそれを活かしきれていないと感じたのですが、今作では設定だけを見れば前作よりかなり大人しいものではあるものの、多くの人達が立場を超えて力を合わせて困難な状況に立ち向かう姿が非常によく描かれていてかなりの見応えを感じます。

粗もかなり多い映画ではあります。
現場の一隊員と事故対策本部が当たり前のように直接交信できて現場の発想を直接具申できるとか、それどころか不時着を敢行しようとする航空機の無線とも当たり前のように交信と会話ができてしまうとか、海上に灯りを浮かべるといった事故対応のプロなら誰でも思いつきそうなことを現場の隊員に言われるまで誰も気が付かないとか、警察消防も協力をしたかなり大規模な対策チームでありながら海難救助のもうひとつのプロ集団とも言える自衛隊の姿が全く見当たらないとか、とにかく見せ場を作るためならどんなデタラメも許容すると言わんばかりのよく考えれば不自然な描写が目立ちます。
ラストで使われたエアチューブにしても、確かにあそこで使うのは面白い発想ではあり、劇的な場面を演出していたものの、高空での酸素補給を主眼としたあのチューブを水深数十メートルの水圧下で使うのはいくらなんでも無理というものでしょう。

さらに言えばクライマックスからラストへの展開も気になります。
今作のクライマックスは機首で行われている機長の救出と、機内での乗客の救助中に誤ってギャレーに閉じ込められてしまったFAの救出、あるいは彼女の救出の際に入れ替わるように閉じ込められ機体とともに海底に没した隊員の救出といったものが並行して行われます。
これはストーリー的には主役たる仙崎と機長の間に交わされた奇妙な信頼関係、そして隊員である吉岡とFAとして乗り込んでいた恋人の美香との関係という2つの人間関係を軸に2つの場面を印象的に描き出す効果はあるものの、そのためにストーリーの流れや焦点を変にぼけたものにしてしまった感があります。
特に沈んだ機内に取り残された吉岡を助けにいくくだりは、仲間を見捨てないというすばらしいテーマではあっても前作でやったことと全く同じことを繰り返しているにすぎず、それはちょっとどうなんだろうと思ってしまいます。

これでしたら、クライマックスを前後半に分け、前半では主に客室の救難活動を描き、その中で吉岡と美香の関係を描き出し、後半で機首の仙崎たちを主に描き最終的には海中に引きずり込まれようとする機内から機長や、現場での行動の中でわだかまりが溶けた隊長とともに脱出する姿を主に描けば良かったのではないかと思えます。

とはいえ、日本の映画としてはかなり珍しいほどの圧倒的迫力とカタルシスを持った面白い映画であるとは言え、デタラメで突っ込みどころが多い点も含め、日本映画というよりもハリウッド映画に近い作りの映画と言えるのかもしれません。





posted by lasta at 21:07 | Comment(0) | TrackBack(1) | は行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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