2011年01月03日

トロン:レガシー

鑑賞映画館:TOHOシネマズ梅田
シアター3
鑑賞日時:12月27日
評価:B

原題:Tron: Legacy
製作:2010年 アメリカ
監督:ジョセフ・コシンスキー
出演:
ギャレット・ヘドランド
ジェフ・ブリッジス
オリヴィア・ワイルド
ブルース・ボックスライトナー
ダフト・パンク

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※ネタバレを含む場合があります。

28年の時を超え、知る人ぞ知る扱いでしかなかったトロンが復活しました。
当時では斬新なアイデアであったコンピュータの中にある異世界という概念は陳腐なものになり、圧倒的な存在感を見せていたCGを駆使した映像も当たり前のものとなってしまった今日に、3D映像という新たな映像の力とともに現代に甦ったこの映画。
今年の正月映画の目玉的な扱いまでされ、公開前から予告編のためだけに3Dゴーグルを配るくらいにかなり大々的に宣伝されていて、その予告編もスタイリッシュな映像を前面に出したものでなかなか期待させるものではありました。
私自身けっこう楽しみに劇場へと向かったのですが…

これはいったい何なんだ、というのが感想の全てかもしれません。
確かにスタイリッシュな映像は前作より洗練されました。
ガジェットの一つ一つも洗練されましたし、特に人物のデザインは大きく進歩しました。
音楽も非常に素晴らしいものがあります。
一場面、一場面を見れば恐ろしいまでにカッコイイことは否定できません。

が、それだけなのです。

まず、今回の目玉的な3D映像が全く効果的ではありません。
現実世界を2D、コンピュータ内を3Dで表現し、その違いを際立たせようとしたのかもしれませんが、これがあまり効果的にはなっておらず、飛び出す感覚も薄ければ画面上での奥行きもあまり感じられません。
むしろ逆に現実世界を3Dで、コンピュータ内を疑似3Dで描いた方が効果的だったのではと思えるほどです。

設定的なところで言えば、前作でのコンピュータ世界の独裁者だったMCPが、自らの欲望のため現実世界のユーザーであるデリンジャーを脅し、支配下に置きながらペンタゴンやクレムリンのコンピュータまで侵入する、すなわちネットワーク側からの世界征服を行おうとしていたのに対し、今回のコンピュータ世界はユーザーから独立した存在…というと聞こえはいいのですが、実態は他のコンピュータとはつながらない閉鎖され、放置された場所の話としか思えません。
その中で権勢をふるい増長するCLUの存在にしたところで、前作の人智を超えた圧倒的な存在感は感じられず、どんなにでかいことを言ったところで、猿山で騒ぐ猿のような感覚を抱いてしまいます。

ストーリー的に言えば、現実世界への扉を開き、組織された軍隊を現実世界へ送り込もうとするコンピュータ世界の独裁者CLUに対し、行かせまいとする戦いが描かれるのですが、仮に行ったところで現実世界の軍隊どころか自警団にすら勝てそうな気がしない集団では、別に行かせたっていいじゃんという気持ちが先に立ってしまいます。

今作の世界設定の根幹となる未知の生命体であるISOも、説明不足のせいか、それとも設定がいい加減なせいなのかはわかりませんが、回想シーンでワラワラとたくさん出てきて、なんか適当に使い潰された感じしか受けず、ケヴィンのセリフほど凄い感覚は全く感じることはできません。
そもそも、なぜ人工的なコンピュータ世界で、そのような不可解な現象があるのか全く説明されない時点で、SFとしてどうなのかという気はします。

後半になるに従って随所で出てくるCLUの手下の裏切りも、あまりにも描写がいい加減なせいか唐突すぎる感じが強く、ご都合主義にすらなれていない感があります。
前作で大きな味方だったトロンが敵として、そして一種のキーパーソンとして出てくることは悪いことではないのですが、たとえばCLUへの叛乱を画策するリーダーあたりとしての側面も描いていれば、もう少し全体を引き締めることもできただろうと思えてしまいます。

全体としては、色々と残念な作品だと思えます。
前作ほどの斬新さは無いとはいえ、特異な世界観をスタイリッシュな映像と音楽で作り上げたことは特筆に値しますし、キャラの魅力もあります。
が、脚本の問題か、それとも監督の力量の問題なのかはわかりませんが、精緻な画面からは信じられないほど雑な作りの映画だと感じてしまいます。
もう少し丁寧に作っていれば、それこそアバターですら霞んでしまうほどの3D・SF映画の代名詞になれたのでは、そう思えてしまいます。

posted by lasta at 04:21 | Comment(0) | TrackBack(3) | た行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トロン







※ネタバレを含む場合があります。

この映画は1982年に公開されたSF映画で、続編が公開されたこともあり久しぶりに観賞することにしました。

何と言いますか、30年前のまだCGと言えばワイヤーフレームのイメージが強かった時代に、コンピュータの中の世界を、特に当時のコンピュータゲームをそのまま具象化するという方向性で徹底的に具象化し、その世界の中に入っていくという、当時としては非常に斬新なコンセプトで作られた映画です。

見どころと言えば、やはりコンピュータ内を表現した特異な世界観でしょう。
当時のコンピュータゲームのような、黒を基調とした背景に輝度の高いキャラや、垂直を組み合わせて作られた建造物など、徹底的に人工的な雰囲気を基調に構成された世界は、かなり特殊とはいえスタイリッシュなことは間違いなく、一見の価値はあるとは言えるでしょう。
擬人化され、それぞれの意思を持って動くプログラムという概念も、今でこそどうということはないとはいえ、当時としてはかなり斬新なものではありました。
この映画で特徴的に使われているディスクを使ったバトルは、初期のゲームであるピンポンやその派生型を意識したものなのでしょうか。

もちろん色々がんばっているとはいえ、全てが当時のセンスです。
SFXの技術も今の目で見れば稚拙と言ってもいいようなものですので古臭いことは確かで、特に擬人化されたプログラムである人物のデザインは、見ていて恥ずかしいくらいのものではあります。

ストーリー的には、創造主=ユーザーに反乱を起こす傲慢な被造物=MCPを、創造主の化身であるケヴィンと、創造主の力を借りたトロンが手を組むことで倒すという、聖書か何かに出てくるような古典的ストーリーではあります。
が、そうであるが故にわかりやすい勧善懲悪ものとして見ることができるというものです。

総じて言えば、コンピュータの中の世界を描くという一発アイデアだけの映画です。
しかし、これが当時としては非常に斬新でスタイリッシュな映像を産む原動力になったこともまた確かで、後世の映画に与えた影響も小さくないものがあります。
大騒ぎするほど面白い映画というわけでもありませんが、SF映画好きを自認する者であれば、一度は見ておく価値はあるのではないでしょうか。

posted by lasta at 04:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | た行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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