2012年06月19日

バトルシップ

鑑賞映画館:TOHOシネマズ梅田
シアター3
鑑賞日時:4月22日
評価:B

原題:Battleship
製作:2012年 アメリカ
監督:ピーター・バーグ
出演:
テイラー・キッチュ
浅野忠信
ブルックリン・デッカー
リアーナ
アレクサンダー・スカルスガルド
リーアム・ニーソン

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※ネタバレを含む場合があります。

バトルシップとは一般的には戦艦を意味する単語で、この映画の場合は元ネタとなったハズブロのテーブルゲームのタイトルであり、そしてダブルミーニングとして戦艦の意味も持っているといったところです。
実写版トランスフォーマーを彷彿とさせる圧倒的な映像にかなり期待して映画館に足を運んだのですが、なんといいますか、良くも悪くもハリウッドのアクション映画でした。

確かに画面は凄いです。
特に後半、ミズーリが出てきてからの展開はなかなかいいです。
逆に言えばそれだけの映画で、細かいことは一切気にしてはいけない系統の映画です。
ボイラーに火を入れたらすぐに動き出せたりとか、記念艦なのに作戦行動可能な弾薬や燃料を積み込んでるとか、錨を使って急旋回したらどうなるかとか、そういう細かいことは一切気にしてはいけないのです(笑

難を言えば、まず宇宙人の行動原理がよくわからないというところでしょうか。
全体を通してみれば地球人がやっている行動を拡大してやっていることの連続であり、また彼らが使っている艦艇も戦闘艦艇にしてはひどく脆弱で、あくまで調査目的で地球にきたものの意思疎通が難しい相手とのコミュニケーションを試行錯誤している中での不幸な衝突なのかとも思えるのですが、それにしては通信手段の奪取等々がやたらと乱暴で、では途中で戦術を変えてきてるのかと思えば最後の戦闘の至るまで地球側に攻撃意図を確認しないと攻撃しないという交戦規則は守りぬくという、結局この人らは何がしたいんだろう、と思えてしまうところです。

全体に青春映画っぽい筋立てになっているのですが、それが今ひとつ活かされた感じを受けず、冗長な印象を受けてしまうのも気になります。
予告編の映像で期待させられるような艦隊戦もほとんどなく、あくまで単艦での戦いばかりというのも変に小さくまとまった印象を与えてしまうところでしょうか。

また日本人艦長との共闘というのも大きなテーマになってはいるのですが、護衛艦そのものが共闘している状態ならともかく、あくまで艦長一個人が米軍の行動に協力しているだけですし、その彼が海自所属である必然性もあまりないストーリー展開で、あまり効果的に使えているとは思えませんでした。
これならば、あくまで兄弟の共闘ということにして、序盤から続いた兄弟の確執が共闘の中で解消していくという筋立てにした方が序盤の細かいストーリーにも意味を出せて良かったのでは、と思えてしまいます。

全体としては映像とアクションは悪くないものの、まとまりが今ひとつなことと緊迫感と緊張感に欠ける感じが否定できず、面白いという域まではいっていない、何か微妙なものが残る映画だというところです。
どうせやるならトランスフォーマーくらい大騒ぎすれば良かったのでしょうが、片方が現実の人間だということや、元ネタのゲームから大きく逸脱するわけにもいかず、あまり思い切ったことができずに中途半端に小さくまとまってしまったのかもしれません。
場面場面を見ればいいところはいくらでもあり、もう少しなんとかすればかなりの良作になったはずだと残念な気分になってしまいます。





posted by lasta at 21:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | は行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

ヒア アフター

鑑賞映画館:MOVIXココエあまがさき
シアター4
鑑賞日時:3月15日
評価:B

原題:Hereafter
製作:2010年 アメリカ
監督:クリント・イーストウッド
出演:
マット・デイモン
セシル・ドゥ・フランス
ジェイ・モーア
ブライス・ダラス・ハワード


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※ネタバレを含む場合があります。

冒頭にあるスマトラ沖地震による津波のシーンが、東日本大震災における津波を想像させるとして打ち切られることになってしまった不幸な映画です。
状況が状況ですので打ち切りは仕方ないにしても、購入済の前売り券を無駄にするわけにはいかないということで公開最終日に慌てて見に行ってきました。

題名である「ヒアアフター」は来世、あるいはこの映画での描写からすれば霊界などというような意味の単語で、タイトルだけ見ればオカルト的な雰囲気を強く漂わせてはいます。
確かに霊能力者が主役ではあり、あちこちで交霊も行われますので、オカルト色が全くないわけではなく、むしろそういう意味でのオカルト色は強い映画と言えるかもしれません。

しかし、この映画の本筋は別に死者と会話することではありませんし、霊界がどうのというような映画でもありません。
冒頭で描かれるような津波を描いたパニック映画というわけでもありません。
あくまで、特殊な体験をすることで、他人と違ってしまった人を端的に描いているのです。
言い換えるならば、心に大きな傷を負い、それが故に社会生活に問題を負ってしまっている人同士が交流することで、その傷を癒し、そして先に進むことができるというような過程を描いた映画なのです。

そういう意味では津波を描く必要はありません。
臨死体験や霊能力を描く必要すらありません。
もっと普通のPTSDを描いても成立する映画でしょう。
これらはあくまで舞台装置でしかありません。
しかし、あえて心霊体験のような特殊な描写をすることで、難しいテーマを生臭くさせすぎずに描き出すことに成功しているわけです。

内容的には事実上2人(少年も入れると3人)の主人公がいて、それぞれが別個にうまくいかない現実を淡々と描いていく構成上、最後に収束していくとはいえ散漫な印象も強いですし、冒頭の津波の場面を除けばかなり地味な話が続きます。(だからこそ、本来不要と言っていいような津波の場面を無理にでも入れておいたのでしょうが)
ですので、「面白い」かと言われればやや微妙な点も無いわけではなく、映画よりもむしろテレビドラマにした方が良かったのではと思える出来ではあります。
テレビドラマならば、各エピソードごとの主人公という感じで3人を使い分けても違和感はなかったでしょうし、散漫な印象も無かったでしょう。
しかし、短時間ですべてを見せる宿命を負った映画では、短期間に場面が入れ替わるわかりにくさと散漫さが印象つけられてしまうのです。

繰り返しますが、この映画の主題は津波ではありません。
津波である必要さえありません。
しかし同時に、スマトラ沖地震の津波を完璧に再現していると言っていいほど迫力のある映像が内包されていることもまた事実です。
この迫力と臨場感のある映像は、いつもなら称賛に値することですが、残念ながら今の私たちには生々しすぎるものではあります。
そういう意味で、東日本大震災の影響での打ち切りはやむを得ないかもしれません。

これはこの映画にとって不幸な事態だと言うことは間違いなく言えます。
ある程度時間が経ち、色々落ち着いてから再評価されることを期待してなりません。




posted by lasta at 01:52 | Comment(0) | TrackBack(2) | は行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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