2013年12月24日

魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語

鑑賞映画館:TOHOシネマズ西宮OS
スクリーン11
鑑賞日時:10月26日
評価:A-

原題:劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語
製作:2013年 日本
監督:
新房昭之
宮本幸裕
出演:
悠木碧
斎藤千和
水橋かおり
喜多村英梨
野中藍
加藤英美里
阿澄佳奈

映画生活 



※ネタバレを含む場合があります。

2011年に放映され大きな話題になった魔法少女アニメ「まどか☆マギカ」
この映画は昨年公開された総集編前後編に続く映画化第三作。ファン待望の完全新作映画となります。
テレビ版の時点でもはやこれ以上望みようがないほどの大団円で完結した作品でもあり、もはや何をどうしても蛇足になるのではという大きな危惧もあったのですが、ここまで来たら見ないと仕方がないという意識で劇場に足を運びました。

結論から書きますと、続編かテレビ第2期がこのあとに続くという前提でアリな内容です。

既に完結しているストーリーに敢えてアンチテーゼをぶつけることでストーリーをもう一度動かすことを主眼としつつ、もはや普通の形での再登場は叶わないと思われていた以前の主要キャラを再集結させ、ファンの多くが見たいと思っていた数々の二次創作的なことをこれでもかとばかりに映像化し、さらには新キャラの顔見世までやってのけ一種のおまつり映画としてまとめあげたと言っていいような作品です。
これは逆に言えば単体の映画としてはかなり問題があるファン向け映画ということでもあり、テレビ版か先に上映された総集編の前後編を見ていることは当然として、そのストーリーや世界観を理解していないとおそらく全く理解できないような作品ではあるでしょう。

テレビ版は鹿目まどかが壮大な決意へと至った流れを他のキャラの壮絶な生き様、死に様を見せることで描き出すことに重点が置かれていました。
時間を操る能力を持ったもう一人の主役と言ってもいい暁美ほむらは「鹿目まどかを守りたい」という願いを叶えるため、まどかと出会ってから死別するまでの1ヶ月間を何度もやり直し、そのたびに失敗をし続けてきたというところが言わばテレビ版の舞台です。
最終的にはほむらの挑戦による「副作用」で巨大な力を手にしてしまったまどかが全ての魔法少女を救うために自己犠牲をしたことでほむらの願いは永遠に叶えられなくなったものの、鹿目まどかが作った新たな世界を守るというところに自分の気持ちを昇華させることができた。
言ってみればたったひとりの友達の死を受け入れることができず過去に捕らわれ続けていた暁美ほむらが結果的にその友達に救われ、未来に向かって歩き出すことができるまでを描いたストーリーでした。
苦味はあってもまさに大団円です。

しかし、今回はそれに大きく水をさしました。
暁美ほむらは冒頭で描かれた平和で楽しい魔法少女生活を送れる世界……極めて不自然なものではあっても「円環の理」の代理人たるさやかですらその存続を認めていた夢の世界をかなり手前勝手な論理で否定し、その世界とともに死ぬ決意をします。「円環の理」は魔法少女であれば誰であっても最終的には救いの手を差し伸べるというのに、その救いの手を自ら拒否する形での死です。
しかしこれは仲間たちの必死の努力で阻止されます。「円環の理」はたとえどうしようもなく絶望してしまった魔法少女であっても救いの手を差し伸べようとするのです。
そしてほむらは閉じた世界から救い出され、そして円環の理の導きで旅立つ……ところで円環の理こと鹿目まどかの力の一部を奪い、世界を作り替えてしまうのです。
それは冒頭描かれた夢の世界にも似た幸せな世界。
鹿目まどかが普通の中学生として存在する世界。
暁美ほむらがかつて熱望してやまなかった「まどかを守る」ことが実現できた世界。
それは同時にまどかの決意や思いを裏切り、都合のいい記憶を植え付け、自分に都合よく行動させることで無理やり実現させた世界でもあります。
「幸せ」な世界ではあるでしょう。
しかしそれが極めて不自然で、不安定なものだということは当のほむらですらわかっていて、まどかがいつか敵になることすら示唆しているのです。
おそらくは自らが作り上げた世界を以前と同じく壊してもらうことを心の奥底で期待しながら。

つまりほむらはテレビ版ラストでまどかを救えなかったことを後悔していたのです。
そして花畑の会話でまどかが日常に留まりたいと願っていると確かめたことでまどかを守りたいという元々の自分の願いを実行に移したのです。
その時会話をしたまどかが都合のいい記憶しか持っていないものであったとしてもそんなことは関係ありません。
ほむらは「まどかを守る」ために、まどかが特別な決意をする状況そのものを否定し、かつてまどかがやったように世界を作りかえたのです。
たとえそれがまどかが守りたかった様々なものを否定していたとしても、それが「まどかを守る」ことなのです。
これはテレビ版ラストでまどかがさやかの願いを尊重し、自分の願いであるさやか個人を救うことはしなかったこととは非常に対称的です。
ほむらのまどかを守りたいという願いにはまどかの意思は入っていないどころか、相反するものであれば簡単に否定してまう…それこそ記憶を書き換えて自分に都合がいいような行動をさせてしまうような独善的な願いなのです。ほむらはこれを愛と呼びました。
自らの願いの結果たとえ神にも等しい存在を汚すことになったとしても、鹿目まどかと仲間たちがそこにいる「幸せ」な世界を暁美ほむらは望んだのです。

繰り返します。
続編かテレビ第2期がこのあとに続くという前提でアリな内容です。
かなり不安定な終わり方でこれでいいのかという感を強く受けはしますが、テレビ版で描かれたストーリーに敢えてアンチテーゼをぶつけてきたわけですので、このあとジンテーゼでまとめてくればいいのです。
秩序と欲望という相反する陣営を描いたことでアメコミ的な世界観で続編をいくらでも作れる体制にも入っています。
ファンもかなり多い作品であり、続編の要求も強いことから、時期はともかく全く作られないということはないでしょう。

しかし、もしそんなものがなくこのシリーズがこれで打ち止めなら、私はこの映画に対しキャラファンに中途半端に阿った駄作であり蛇足そのものという評価を容赦なくしなければいけなくなります。





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2013年01月07日

魔法少女リリカルなのは The MOVIE 2nd A's

鑑賞映画館:シネ・リーブル梅田
シアター1
鑑賞日時:12月18日
評価:A

原題:魔法少女リリカルなのは The MOVIE 2nd A's
製作:2012年 日本
監督:草川啓造
出演:
田村ゆかり
水樹奈々
植田佳奈
清水香里
真田アサミ
柚木涼香
一条和矢
小林沙苗

映画生活 goo映画



※ネタバレを含む場合があります。

2000年代を代表する深夜アニメの一つ、リリカルなのは。
魔法少女という特殊なカテゴリーの中でも友情努力勝利といった少年漫画的要素を前面に押し出したアクションとカタルシスを作りあげ、セーラームーン等から始まる戦う魔法少女の集大成と言ってもいいほどのものを作り上げた人気シリーズです。
そしてこの映画はシリーズの中でも評価の高い第2期「A's」を劇場版として再構成させたものです。
夏のロードショー公開の時は見に行くことができなかったのですが、劇中の季節に合わせたクリスマス直前のイベント上映に行くことができました。

さすがに元々の地上波放送時からかなり良いものだっただけに、かなり面白いと言えます。
特に敵対する相手の描写が非常に良く、ただの憎むべき敵としてではなく本来は分かり合える相手であるのに、真摯な想いから産まれた誤解とそれを元にした信念によってぶつかり合わなければならなくなってしまったところが丹念に描かれていることは特筆に値します。
反面主人公サイドの描き方が薄いのですがこれは特に大きな問題ではなく、前作で描ききっているので必要以上の説明は不要だろうという、続編という立場を上手く利用した構成であると感じます。
ストーリー的にはやや単調さを感じますが、今作がアクション主体で再構成されていることを考えれば十分すぎるくらいに感動的なストーリーを作り上げていると感じます。

というわけでかなりの良作だとは思えるのですが、地上波放送と比べるとかなりあっさりした印象を受けてしまいます。
特に第三勢力としてストーリーの進行に深く関わっていたグレアム提督に関する部分が完全に削られてしまっていることで、ストーリーそのものが両者の戦闘だけに特化した薄いものになってしまった感は否定できません。
また同様に、なのはの家族や友人といった日常の部分も殆ど描かれておらず、しかしポイントとなるところだけは描かざるをえないため、日常の中の非日常という元々の世界観とは逆に、非日常の連続の中に存在する特異な日常といった感じになってしまっています。
さらに、激しいシーンごとの間(ま)があまり無く、本来ならかなり重要だと思われる(例えば杖が自らの意思で新たな力を望むような)シーンですらかなり端折って無理やりに挿入した感があり、その場面の重みが伝わってこない感じがあります。

これは2時間半というこの系統のアニメ映画としては限界に近いような長さでありながら、それでも時間が足りないと思えるほどの内容を持っていることが原因でしょう。
確かに1つの映画としてまとめるには全てを入れるわけにはいかないのはわかります。
削除しても特に問題の無い部分が多かった1期と違い、序盤から濃密なストーリー展開がある2期を1本の映画として再構成させようとすると、この映画のような編集にならざるをえないというのもわかります。
そしてその制約下であることを考えれば非常に良くできているとは思います。

しかし、無理をして1つの映画にするよりも、むしろ前後編の2部作にして余裕のある構成にした方が良かったのでは、そう思えてしまうのもまた確かです。





posted by lasta at 23:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | ま行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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